Hisaaki Komatsu

小松 久明

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コンサートのミキシングエンジニア、コンサートのプラン及びサウンド・デザイン

国内、アジアにて年間100本以上のコンサートをミキシングしています。

1985年からFOH Mixを担当したアーティスト

LINE UP, さくらさくら,コンセント・ピックス

ピンボール, 相曽 晴日, 谷山 浩子

the OYSTARS, 本田 修司,CHASE, 松倉 サオリ, W

松田 昌, 窪田 宏, FUNKY FOX, 中村 幸代, 西村 由紀江

野田 幹子, 伊藤 サチコ,東野 純正, CORK

久松 史奈, 谷口 崇, 手嶌 葵, Sound Schedule, Z-BACK

CORE OF SOUL,K.D earth,シオダマサユキ

ウルトラタワー,ななみ, 舞花, おおたえみり

寺野 晴海, MANIA, おおたか静流,山田 晃士,鈴里 真帆

W-inds. ,Lead,FLAME,  cafelon, BANBINO

FAKE SPLASH, 大城 光恵, 林 明日香, Amika,MISIA

大黒 摩季, Lyrico, DELiGHTED MINT, 小久保 淳平

村上 ゆき,大竹 佑季, 岡北 有由, junior size

SHAZNA, MISIA,  mihimaru GT, IZAM,奥村愛子

オーロラタクト,東京エロティカルパレード

腐男塾, 風男塾, 石川 智晶,Rico,TarO & JirO

LUNA SEA, 河村 隆一, INORAN, Tourbillon, Muddy Apes

ROTH BART BARON, Maïa Barouh

 AUTRIBE, ONEPIXCEL, Addy

BAROQUE, DIAURA,  ゴシップ

石野 真子,  山梨 燎平, 石井一孝, 昆 夏美 , 良知 真次

 吉澤 嘉代子, 彩冷える,広瀬 香美,Raychell,工藤 晴香,大塚 紗英

門山 葉子

Dream Live
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INORAN Hongkong
INORAN Hongkong

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大黒 摩季@武道館
大黒 摩季@武道館

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Dream Live
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Colosseo
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NYC
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ハナウマベイ
ハナウマベイ

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Colosseo
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Lesson

洗足学園音楽大学と音楽芸術専門学校にてコンサートミキシングのレッスンを

教えています。これからも多くのエンジニアを送り出したいです。

Lesson 4年生 DiGiCo SD8
Lesson 4年生 DiGiCo SD8

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Lesson 2年生
Lesson 2年生

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Lesson 4年生 DiGiCo SD8
Lesson 4年生 DiGiCo SD8

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Media

ADAM Audio USERS

Rock oN Company 〜 OTOwakeについて〜

DTM ステーション 〜 OTOwakeについて〜

VINTAGE FACE Semi-Custom D.I  K.M.D

Shure Blog 

2016.サウンドレコーディングマガジン KSM8 

ロックオンカンパニー SHURE SE846

Livepocket

LUNA SEA さいたまスーパーアリーナ2018_12_22/23 

ロックオンカンパニー  MAILMAN コラム

第1回 自己紹介

第2回 空気の揺らし方

第3回 クビの美学

第4回 オールドマイクとの出会い

第5回 SHUREのオールドマイク

第6回 ゼンハイザーMD421白くじら前半

第7回 ゼンハイザーMD421白くじら後半

第8回 UAD Apollo

第9回 コンサートのメインスピーカー 前半

第10回 コンサートのメインスピーカー 後半

第11回 ステージモニターの構築

第12回 メインスピーカーのチューニングは家に帰るまで

第13回 新年のご挨拶

第14回 PAにおけるヘッドホンについて

第15回 PAにおけるワードクロックについて

第16回 コンソールについて

第17回 バンドとソロアーティストのサウンドメイクについて

第18回 LUNA SEAとの出会い

第19回 先輩、師匠の存在 前半   

第20回 先輩、師匠の存在 後半

第21回 ケーブル、コネクター、ハンダなど

第22回 電源とコネクターのコンタクト面について

第23回 イヤーモニター前半

第24回 イヤーモニター後半

第25回 本番の精神状態 前半

第26回 本番の精神状態 後半

第27回 サラウンド音響 前半

第28回 サラウンド音響 後半

第29回 プロとアマチュアの違い 前半

第30回 プロとアマチュアの違い 後半

第31回 学校の選び方 前半

第32回 学校の選び方 後半

第33回 ベースの音作り 前半

第34回 ベースの音作り 後半

第35回 大黒摩季Tour サウンド・メイキング その1

第36回 大黒摩季Tour サウンド・メイキング その2

第37回 大黒摩季Tour サウンド・メイキング その3

第38回 海外公演についてその1

第39回 海外公演についてその2

第40回 エンジニアの耳を育てる1

第41回 エンジニアの耳を育てる2

第42回 モンゴルでのPA体験その1

第43回 モンゴルの青い空

第44回 モンゴル公演最終日を迎えて

第45回 DCAフェーダーについて

第46回 アメリカで得たもの

第47回 アメリカで得た哲学

第48回 ヨーロッパの旅で得たもの

第49回 ホールでのPAスピーカーの設置

第50回 レゾリングについて

第51回 ホールとライブハウスとの違い

第52回 コンサート現場で100点をとる為には

第53回 アコースティックギターのピックアップとPA

第54回 生ピアノのピックアップとPA

第55回 ゼンハイザーMD431について

第56回 水素電源について〜最終回〜

読者アンケート

1964年2月18日生まれ、

父は小松 義久、母は小松 貞子の次男として生まれる。両親は秋田の角館の出身。

長男は小松 義明。幼少期は門前仲町に住んでいたようです。

(ほとんど記憶はありません)

七五三は、芸能の神様で有名な富岡八幡宮にて行いました。

小学校は、西小岩小学校に2年生まで、その後は千葉県船橋市の法田小学校に転校

都会!?から田んぼの街にて育ちました。近所の友達と朝から晩まで、草野球の日々

リトルリーグに入り毎週土曜、日曜日は野球三昧、法田中学でも野球部に入り

守備はキャッチャーを担当。その頃から、兄の影響でフォークやロックに目覚める。

アコースティック・ギター、ベースを弾き始める。フォークでは、吉田拓郎

ロックでは、ディープパープル、レインボー、ケイト・ブッシュなどにハマる。

もちろん、ビートルズも。

中学の市の野球大会に優勝するも、県大会は1回戦で敗退。

高校進学への塾の先生が船橋市旭の野球部コーチであったので、船橋市旭高校に進む。

ここでも野球部に入部。高校1年生からレギューラーで、ポジションはまたもや、キャッチャー。

高校2年生の時に千葉県ベスト16位に入る。以外と注目されたが、

3年生の夏は2回戦目で市立船橋に敗戦。

高校時代は重野くん(バンドのギターリスト)の影響でジャズやフュージョンにハマる。

Weather Reportのベース、Jacoにハマりベースのフレットを抜き、フレットレスベースに、

その頃に飼っていた猫の名前は、リッキーリーパストリアス。

好きなアーティストの名前を集めた感じ。

学園祭に出演(バンド名はヒレカツバンド)、カシオペアの朝焼けなど演奏。

野球で社会人野球に進むか!?音楽の道に進むか!? 迷わずに音楽を選ぶ。

理由の一つに、個人で出来る仕事を選びたく、ベースプレイヤーでも無く、

音楽のミキシングエンジニアの専門学校を選ぶ。

ベースプレイヤーを諦めた理由に、譜面初見のプレイが出来ないから。

当時は、東京ミキシングスクールか音響技術専門学校しか無く、後者を選択。

2年間通ったが、ミキシングコンソールは2回くらいしか操作した記憶しか無い。

今でも、専門学校に遊びに行くと、その話をして、クレーマーになる。

コンサートのエンジニアになるか!? レコーディングエンジニアになるか!?

悩んでいた頃、地元のPA会社、内記サウンドサービス(個人会社)でアルバイトをしていた頃、

田園調布の高校にて、ウエストサイド物語のPAを初めてFOHオペレーターとして任される。

マイクSM58がフロントに5本、カセットデッキ2台(高校生が叩き)

見せ場で回りの高校生が号泣しているのを見て、感動を一緒に体感出来る仕事と

確信してPAの世界に進む事を決心する。内記サウンドの内記さんに、別れを告げて

いつか、内記サウンドに戻って来ますと硬い約束をしたが、現在は連絡先が見当たらない。

(戻るつもりが無い事を伝えたい。)

専門学校の2年生の10月から、そろそろ就活と考え、千葉駅にある

ダンシングマザースのPAスタッフ募集に連絡をする。

このライブハウスの音響管理は、フレッシュエアーで、稲熊さんと面接した次の日には採用され、

その午後にダンシングマザースに研修で入る。

研修2日目、明日からメインミキサーだから頑張って!!っと言われ。

一人で頑張るが、毎日3バンド、事前の打ち合わせ無しで、プランを考えて、

リハーサル本番。1日の給料が¥2,000-でした。

まあ、まだ学生だからしょうが無い、すべて勉強、実家通いだからどうにかなりました。

メインを担当して、同じ年のアルバイトの女子に、

ドラムの音がぜんぜん駄目!と毎日、ダメ出しをもらう。

約2ヶ月が経ち、アルバイト女子に褒められるようになる、

その頃から、別のPAのアルバイトの双子男子が入ってきて、照明とPAを担当、ライバル心が目覚める。

その頃に来たアーティストは、爆風スランプ、十二単、小森田実&アルファ、ストリートスライダース

このライブハウスでバンドに気に入ってもらい、全国ツアーに同行しよう!!って

声を掛けてもらう夢を持っていました。

年が明けた頃、成人式を迎えライブハウスのブッキング担当の姉御に、ボトルキープを進められる。

生まれて初めてボトルキープをする。(確かフォーローゼス)

そんなある日、ライブの本番中に

店長の山田さんが、メインスピーカーの音が歪んでいる!! 

PA席に入って来てモニタースピーカーを切りなさい!!って

僕は冷静に、それは違います。モニタースピーカーは関係ありませんっと

伝えたが、PA席で押し問答。終演後に店長に呼ばれて、クビを宣告される。

今、思うとあの時にクビになって良かった思う。

最近ではクビの美学と言ってますが、クビになると新しい未来があります。

35年経った今、山田店長をHPで見つけたので挨拶に行く予定。

”クビにしてくれてありがとうございます。”って伝える。

専門学校に戻り、求人表を見ると

財団法人ヤマハ音楽振興会音響部からの

求人があり、履歴書を送る。

1985年

​その後の話は、Himalaya K.M.D Channelで聞けます。

Appインストール(無料) https://himalaya.com/jp

History

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